2.11.1 客席・観覧席の設計標準
(1)車椅子使用者用客席・観覧席
① 割合、位置
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車椅子使用者用客席・観覧席の数(可動席スペースを含む。)は、施設内容や規模に応じ、客席・観覧席総数の0.5~1%以上とする。
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車椅子使用者用客席・観覧席(可動席スペースを含む。)は、車椅子使用者が選択できるよう、2か所以上の異なる位置(異なる階、異なる水平位置)に分散して設けることが望ましい。
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車椅子使用者用客席・観覧席は、少なくとも同時に2以上の車椅子使用者が利用できる専用スペースとして確保する。
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多数の車椅子使用者の観覧に配慮し、固定位置の車椅子使用者用客席・観覧席のほかに、可動席スペース(固定位置の車椅子使用者用客席・観覧席を含めた客席・観覧席に隣接している、取り外し可能な客席・観覧席)を設けることが望ましい。
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劇場・映画館等の車椅子使用者用客席については、舞台やスクリーンとの距離や見やすさに配慮した配置とすることが望ましい。
留意点:車椅子使用者用客席・観覧席の分散配置の考え方
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公会堂や集会場の150~300席程度の小ホール等では、平土間形式や電動式移動観覧席を採用することで客席配置の自由度が増し、車椅子使用者の利用が容易になる。
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ISO 21542 Building construction Accessibility and usability of the built environment(2011年)には、車椅子使用者用客席・観覧席の分散配置について、以下のように推奨されている。
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総座席数が51~100の場合の車椅子使用者用客席・観覧席の区域数:最低3か所
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総座席数が101~200の場合の車椅子使用者用客席・観覧席の区域数:最低4か所
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総座席数が200席(又は200席未満)増えるごとに、さらに1か所の車椅子使用者用客席・観覧席の区域を設ける。
留意点:可動席スペースによる車椅子使用者用客席・観覧席等の確保
- 大型車椅子の使用者をはじめ、補助犬利用者、乳幼児連れ利用者、盲ろう者(同伴者4名程度)等、多様な利用者の利便性に配慮し、可動席スペースを確保することは重要である。
② 床
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客席・観覧席の床は水平とし、傾斜させない。
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車椅子使用者用客席・観覧席が他の客席・観覧席より高い位置にある場合には、床の端部に脱輪防止用の立ち上がりを設ける。
③ 寸法
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車椅子使用者用客席・観覧席の間口は車椅子1台につき90㎝以上とし、奥行きは120㎝以上とする。
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通常の車椅子よりも大きなリクライニング式の車椅子等の使用者にも対応するため、奥行き140cm以上の車椅子使用者用客席・観覧席も設けることが望ましい。
④ サイトライン
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前後の客席・観覧席の位置、高低差を考慮し、舞台やスクリーン、競技スペース等へのサイトラインを確保する。
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サイトラインは、舞台やスクリーン、競技スペースの形状や位置により異なるので十分に配慮する。
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車椅子使用者用客席・観覧席の前面に設ける手すりの高さは、サイトラインに十分配慮する。
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建築物の構造等により、車椅子使用者用客席・観覧席からのサイトラインが確保しにくい場合には、車椅子使用者用客席・観覧席と前席との位置をずらし、前席の人の肩越しにサイトラインを確保できるよう配慮する。
留意点:サイトライン(可視線)
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サイトライン(可視線)とは、劇場等の客席・観覧席の各々の人が、前列の人の頭又は肩を越して視焦点(舞台や競技場)を見ることのできる視野の限界線のことである。
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サイトラインは、映画のように観客が着座して鑑賞する場合と、サッカーやコンサートのように観客が立ち上がることが予想される場合で異なるので、十分な検討が必要である。
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サイトライン検討をする際の前席の人の高さの設定にあたっては、日本人男子の平均身長値の最高値を基本とし、さらに履物の高さを加算して算出することが望ましい。
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年齢別・男女別身長は、文部科学省:体力・運動能力調査等に示されている。
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眼高は、身長との相関が高いが、成人の場合、身長から11~12cm減じた値が眼高となるとされている。また履物の高さは、一般に男性用革靴:約3cm、女性用革靴:約5cmとされている。(出典:建築設計資料集成―人間 p.14/日本建築学会/平成15年/発行:丸善株式会社)。
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サイトライン検討をする際の車椅子使用者の眼高の設定にあたっては、女性の車椅子使用者の眼高を基本とすることが望ましい。
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上記の検討にあたっては、車椅子使用者の様々な人体寸法にも配慮し、眼高がとりわけ低い車椅子使用者のサイトラインも想定した客席・観覧席を配置することが望ましい。
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車椅子使用者用客席・観覧席のサイトライン検討にあたっては、人体寸法や車椅子の寸法・形状が様々であることや、車椅子使用者は姿勢を変えたり席を移動したりすることが困難な場合があることにも留意する必要がある。
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既存建築物の改善・改修等において、車椅子使用者用客席・観覧席からのサイトラインが確保できない場合には、前席を空席とする等の運営上の配慮も求められる。
サイトラインの例
⑤ 同伴者(介助者、家族、友人等)用の客席・観覧席
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車椅子使用者の同伴者席は、車椅子使用者用客席・観覧席に隣接して設ける。
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客席スペースや構造等により、車椅子使用者の同伴者席を隣接して設けられない場合には、車椅子使用者用客席・観覧席にできるだけ近い位置に設ける。
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車椅子使用者用客席・観覧席を仮設で設ける場合は、仮設の同伴者席も設ける。
⑥ 車椅子使用者用客席・観覧席へ至る通路
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客席・観覧席の出入口から車椅子使用者用客席・観覧席へ至る客席内の通路の有効幅員は、120cm以上とし、区間50m以内ごとに140cm角以上の転回スペースを設ける。
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客席・観覧席の出入口から車椅子使用者用客席・観覧席までの通路に高低差がある場合は、傾斜路又はその他の昇降機(段差解消機)を設ける。
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傾斜路については、2.4.1 屋内の通路の設計標準(1)②を参照。
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その他の昇降機(段差解消機)については、2.14 B 段差解消機を参照。
留意点:車椅子、ベビーカー置場
- 一般客席への車椅子使用者の移乗等を想定し、客席・観覧席スペースやその付近に、車椅子やベビーカーを置くことができるスペースを設けることが望ましい。
車椅子使用者用客席と通路の例
設計例
設計例
・改修前は図2の通り、車椅子使用者対応席からのサイトラインの確保が困難であった。
・Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドラインに示す会場の座席の基準を満たすため、前の座席の観客が立ち上がった状態でサイトラインが確保できるよう、改修後は図3の通り、車椅子使用者対応客席を3段分張り出させることで、サイトラインを確保した。
出典:都立建築物のユニバーサルデザイン導入ガイドライン 令和2年4月/東京都財務局建築保全部技術管理課
(2)一般客席・観覧席等
① 一般客席・観覧席
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客席・観覧席の通路側の肘掛けは、車椅子使用者の移乗も想定し、高齢者、障害者等が利用しやすい跳ね上げ式や水平可動式とすることが望ましい。
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上演時間以外は、客席・観覧席の照度を十分確保することが望ましい。
② 区画された客席・観覧室
- 乳幼児連れの利用者、知的障害者、発達障害者、精神障害者等の多様な利用者に配慮し、気がねなく観覧できる区画された観覧室(センサリールーム等)を設けることが望ましい。
留意点:区画された観覧室の活用
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隣の人や周りが気になって、落ち着いて鑑賞することができない、知的障害者や発達障害者、その同伴者にとって、区画された観覧室は有効なものである。
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区画された観覧室では、車椅子使用者の利用にも配慮することが望まれる。
③ 通路
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通路に段を設ける場合にあっては、高齢者や視覚障害者等が段を認知しやすいよう段鼻と踏み面やけあげを識別しやすい明度差とし、また適度な床面照度と視認性を確保する。
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通路に設ける段は、同一のけあげ・踏面寸法による構成とし、十分な寸法の踊り場を確保する。
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客席・観覧席の前後の段差が大きい場合には、舞台等への視線の妨げにならない範囲で、縦通路沿いに、転倒・転落防止のための手すりや手がかりとなる部材・部品等を設けることが望ましい。
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手すりについては、2.14 A 手すりを参照。
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歩行の安全を図るため、客席・観覧席が暗い場合には、通路にフットライト等を設ける。フットライトを設ける場合には、劇場等の演出運営に配慮する。
(3) 舞台等
① 舞台
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客席・観覧席の通路から舞台への通路には段を設けない。段を設ける場合には、段差解消機や階段手すりを設置し、高齢者、障害者等が支障なく舞台に上がれるように配慮する。
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その他の昇降機(段差解消機)については、2.14 B 段差解消機を参照。
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舞台上の手話通訳者や、司会者・解説者等の動作が客席・観覧席から容易にわかるよう、照明(スポットライト等)や適切なコントラストの背景幕を設けることが望ましい。
設計例
② 楽屋・控室等
・通用口や劇場内の通路等から楽屋・控室、舞台等に至る経路は、高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮したものとする。
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楽屋・控室(便所、更衣室・シャワー室を含む。)は、高齢者、障害者等(車椅子使用者を含む。)の円滑な移動等に配慮したものとする。
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便所については、2.7 便所・洗面所を参照。
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浴室・シャワー室・更衣室については、2.10 浴室・シャワー室、脱衣室・更衣室を参照。
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楽屋・控室の化粧台については、2.14 C カウンター・記載台・作業台・事務机等を参照。
留意点:体育館等における車椅子使用者への配慮
- 体育館、競技場等においては、競技用の車椅子に乗り換えた後に、日常用いる車椅子の置き場や、電動車椅子の充電用電源コンセントを確保することが望ましい。
客席・観覧席と舞台の例
(4)音声・画像等による情報提供
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難聴者等の観劇・観覧等に配慮し、客席・観覧席には聴覚障害者用集団補聴装置(磁気ループシステム、FM補聴装置(無線式)、赤外線補聴システム)等を設ける。
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聴覚障害者用集団補聴装置については、2.14 I 情報伝達設備(3)を参照。
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聴覚障害者等の観劇・観覧等に配慮し、舞台等には、字幕・パソコン要約筆記等の文字情報等や手話通訳者の映像を表示するための、スクリーン・電光表示板・ディスプレイ等の配置やプロジェクター等の機器設置スペースを確保することが望ましい。
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スクリーン・電光表示板・ディスプレイ等の位置は、客席・観覧席から容易に見ることができる位置とすることが望ましい。
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客席・観覧席には、字幕等の作成・操作のための機器等を設けたスペースを設けることが望ましい。他の作業を行うスペースと兼用する場合には、作業が交錯しないよう配慮する。
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舞台もしくは客席・観覧席もしくは楽屋等に、パソコン要約筆記者用スペース(4名分の作業台)を確保することが望ましい。
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高齢者や視覚障害者等の観劇・観覧等に配慮し、客席・観覧席には音声による情報提供設備を設けることが望ましい。
留意点:高齢者や視覚障害者等を対象とした解説
- 劇場等では、あらすじや舞台装置、衣装等に関する事前説明や、小型受信機を用いた観劇中の同時解説等、高齢者や視覚障害者等の観劇を補助するための取り組みがある。
留意点:聴覚障害者への対応と配慮
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舞台等に字幕を表示する設備として、LEDを用いた電光表示板に表示するもの、映写室等からプロジェクターを用いてスクリーン等に投影するもの等がある。いずれも操作はすべてパソコンで行う。
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また個々の客席・観覧席に対応した字幕表示設備として、前席の背面に設ける小型液晶画面の設備のほか、スマートホン等携帯型の字幕表示機器等もある。
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パソコン要約筆記とは、音声をパソコンに文字入力し、内容を文字情報としてスクリーン上に表示するものである。
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要約筆記者用スペースは、演じられる内容により客席・観覧席から分離することも考えられる。
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広い会場で手話や要約筆記等を行う場合には、画面を拡大する等の配慮が求められる。
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字幕等の作成・操作のための機器等を設けたスペースを、他の作業を行うスペースと兼用する場合には、作業や動線が交錯しないよう配慮する必要がある。
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楽屋・控室等には、非常時の情報や開演・集合時間等の文字情報を表示するディスプレイ等を設けることが望ましい。
(5)案内表示
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客席・観覧席の通路に設ける避難経路や便所位置を示す案内表示は、大きめの文字を用いる、漢字以外にひらがなを併記する、図記号等を併記する等、高齢者、障害者等にわかりやすいデザインとし、取り付け位置、照明等に配慮したものとする。
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案内表示は、文字・図記号、図、背景の色の明度、色相又は彩度の差を確保したものとすることが望ましい。
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客席・観覧席の座席番号、行・列等の表示は、わかりやすく読みやすいように、大きめの文字を用いるほか、色づかい・コントラスト、点字の併記、取り付け位置等に十分配慮したものとする。
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避難経路等の重要な案内表示は、上演中等に通路照明が消えることに十分配慮したものとする。
・案内表示については、2.14 G 案内表示を参照。
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固定位置に設けた車椅子使用者用客席・観覧席の床面、又は手すり等には、車椅子使用者用客席であることを、座席番号とともに表示することが望ましい。
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点字表示については、JIS T 0921を参照。
留意点:客席、観覧席等への視覚障害者の誘導
- 視覚障害者等をチケット売場・窓口等から、客席、観覧席等まで誘導する方法としては、従業員(職員等)による誘導(人的対応)を検討することが望ましい。
多数の障害者が参加するスポーツ大会における、仮設対応・人的対応の工夫
―長崎がんばらんば大会―
2014(兵士枝26)年11月1~3日にかけて、第14回全国障害者スポーツ大会(長崎がんばらんば大会)が長崎県内の各競技会場で開催され、陸上・バスケットボール等の15競技が行われた。
多数の障害者が参加するため、会場となった各施設では、常設に加え必要に応じ、仮設の車椅子使用者用観覧席・多機能便房等を増設して対応した。また大会当日は、聴覚障害のある方等が競技状況を知り、観覧を楽しむことができるよう、手話・要約筆記ボランティアが常駐する情報保障席を設置した。さらに、一部の会場では視覚障害者向けにFM実況放送を行った。
② 各施設での取り組み
ⅰ)長崎県立総合運動公園陸上競技場(陸上競技会場 総観覧席数:20,022席)
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造・一部鉄筋コンクリート造(下部)、鉄骨造(上部)
階数:地上4階
竣工:2013(平成25)年2月
- 旧陸上競技場は、建設後40年以上が経過し、施設の老朽化が目立ち、さらに2014年に開催される第69回国民体育大会の陸上競技場に決定したこともあり、建て替えを行った。
ⅱ)長崎市民総合プール(水泳会場)
構造:鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)
階数:地上4階
竣工:1996(平成8)年
改修:2012(平成24)年(電光掲示版・冷房設備の入替等)